作文練習

何か書くと楽しい、かもしれない。

怒りの話

 聞いた話だ。

 

 どうしようもなく忙しく、体か心のどちらが先に病むだろうかというところまでその人は追い詰められていた。上司に相談したが、「それはあなたが何とかすることだ」と一蹴され、その人は茫然とした。そしてその直後、凄まじい怒りが湧いてきたそうだ。その日は一睡もできず、その人はもう一度直談判をしようと考えた。しかし翌朝、出勤すると上司がいない。上司は病気で倒れてしばらく出勤できなくなったという。

 

 その人の言葉が印象的だった。

 

 「あんなに怒っていたのに上司がいないと知った瞬間、私の怒りは嘘みたいに消えたんだよ。勿論心配と動揺はあったし、上司の不在で自分の仕事が輪を掛けて忙しくなることも分かっていた。でも怒りが無い。自分が何に怒っていたのかさえ分からなくなっちゃって。『あなたが何とかすることだ』という上司の言葉がその時初めて腹に落ちたんだろうね。」


 もしその人が上司に過剰な期待を抱き続けてしまっていたら、怒りの後ろにある恨みが自分自身を蝕み、いつか本当に病んでしまっていたかもしれない。怒りは毒だが自分を知るための大事なヒントでもある。


 しかし怒っている当人に怒りの正体は見えない。自分を知るというのは何と難しいことか。