作文練習

何か書くと楽しい、かもしれない。

「語りえぬものを語る」 読書メモ(第8章、その1)

 本書(参考1)ヴィトゲンシュタインの研究者である野矢茂樹氏の著書だ。難しいので抜粋とメモを残しながら読みたい。真理とか主張とか真偽とか絶対などの言葉の抵抗感はラッセルの哲学入門(参考2)を読んだことで幾分か薄らいでいるような気がする。つながりを実感することも読書の楽しさの一つだろう。
 以下、本文からの抜粋。

 

P123
 相対主義が言うところの「真理は相対的である」という命題や「立場αのもとでAは真である」という命題は、相対的真理ではなく絶対的真理だ。これが相対主義のパラドクスである。


 相対主義者は「それもまた相対的に真であるにすぎない」と言うだろう。相対的な真の事例として、過去人々は地球を平らな円盤だと認識していたことを挙げてみる。これは「歴史家の立場のもとでは平らだと認識していたと言える」ということになり、相対的と言える。


 「歴史家の立場では平らと認識していた」という事実をBだとすると、Bを述べるのはメタ歴史家βの立場だという但し書きが付く。さらに「βの立場ではB」という事実をCだとすると、これもまたγの立場からのCとなる。こうして「相対化の無限運動」と呼べるものが起きる。

 

 ここで著者はA、B、Cの事実を主張だと考えた。つまり主張は真理ではないため、真理かと問われることにより次のメタ主張が生まれ、相対化の無限運動が起きる。

 

 「立場αのもとでAは真」を絶対的真理とするアンチ相対主義者も、相対的真理とする相対主義者もどちらも立場αを公理系と同じ扱いをするという誤りに陥っている。立場αが一群の公理、証明の前提となる諸命題のようなものと考えてしまっているのだ。つまり立場αが信じられている命題の集合だとすると、その命題の集合から命題Aが導かれるとき、「立場αのもとでAは真」は「命題の集合Γからは命題Aが導かれる」という形と等しいものと考えてしまうのだ。

 

 こう考えた場合は、絶対主義者と相対主義者の主張は両立する。つまり、「立場αのもとでAは真」は「命題の集合Γからは命題Aが導かれる」という形の主張ではない。

 

 立場とは命題の集合ではなく「観点」だと著者は考える。そして「観点」の異なりによって異なるのは「相貌」である。相対主義の基本的主張を「観点によって相貌は異なる。そして観点は複数ありえ、いま自分がとっている観点も唯一のものではない。」と捉えると、異なる概念枠は異なる観点を与え異なる相貌を立ち現わす。概念があればフライパンは楽器としての相貌が立ち現われるが、概念がなければ楽器としての相貌は立ち現れない。

 

P129
 「観点αからはAの相貌が立ち現われる」ことが分かるのは観点αに立つ者だけだ。よって相貌は「内側からのみ」把握される。同様に、概念枠も内側からしか把握されない。このことが相対主義の問題であり重要なポイントであるので、以後これを説明する。

 

 まず、自分が観点αに立っているかどうかは相貌Aが立ち現われていることのみによって知り得る。よって自分の観点と異なる概念から立ち現われる相貌を予想することはできない。
 
 相貌は眺望ではない。眺望は観測点を想定できるが、相貌は観点の存在を予め想定できない。

 

 価値的な相貌を考えてみる。ある共同体にとっては無価値なものが別の共同体で価値を持つと仮定する。ある共同体にとってはそれを価値あるものとして見るためには、別の共同体と同じ生き方が必要なのだ。生き方は外側から記述できるものではない。だからこそ相対主義は語りえない。

 

 よって異なる概念枠は翻訳では捉えられない。翻訳とは手持ちの言語に留まりつつ他者の言語を理解しようとすることだが、概念枠(生き方)は外側から理解できるものではない。

 

 相対主義者はすべてを公平な目で中立に見渡すと思われているかもしれないが、そうではない。どんな相貌も内側からしか理解し得ない。異なる概念枠は外側にあるからこそ異なる概念枠なのだ。


<私的メモ:次第に身近な集団の相互理解や個々の人間の相互理解にも通じるような話になってきた。それはそれで面白いのだが、それにしても観点と相貌はよくわからない。「相貌は観点を予め想定できない」、「相貌は眺望ではない」、「価値的な相貌は外側から記述できない」「観点は命題の集合ではない」等々否定で表現されるからかもしれない。唯一「立場とは観点である」という定義が為されているが、それとて立場が何なのか今一つ漠然としているので掴みどころが無い。生き方、生死観と言われても茫漠としてこれもまた掴みどころがない。読み進めれば分かってくるのだろうか。>

 


参考1 語りえぬものを語る 野矢茂樹著 講談社学術文庫 2020年、第1刷

参考2 哲学入門 バートランド・ラッセル著、高村夏輝訳、ちくま学芸文庫、2018年、第二十刷