作文練習

何か書くと楽しい、かもしれない。

時間を奪われると何かと大変になる話

 無理難題を言われるといつも困ってしまう。だが、大抵の無理難題は、時間さえあれば何とかなりそうな事が多い。だから断り難い。断り難いから困るのである。

 

 企業の品質不正に関する第三者委員会の報告書や研究本を読んでいると、不正な書き換えを行う動機として損害額の大きさと組織的な圧力などが挙げられているが、そこには必ず「無理な納期」という言葉が添えられている。

 

 私見ではあるが、現場の人間が最初に意識するのは時間だ。間違った判断は「時間がない」ことによって引き起こされることが多いのではないか。経営者には悪いが、お金のプレッシャーは二番目なのである。

 

 ここで、検査部署の測定結果が不合格となり何故か検査室長が追い詰められるという場面を想像してみた。

 

 「製造の奴ら、不合格品を出しやがって。しかし納期は明日、今は夕方の6時である。製造に言っても測定を疑われて押し戻されるし、営業は商売を失ってもいいのかと言うだけだし、役員の耳に入ると更に面倒なことになるだろう。

 測定者はもう帰ってしまったが、呼び戻して徹夜で装置のチェックと再測定をすれば何とかなるかもしれない。頭を下げてお願いしてみるか。正論を言われて説得に時間がかかるだろうが仕方がない。
 これが一日前だったら何とかなったかもしれない。計画では三日間の余裕があったはずだ。しかしお客の追加発注があり、原料納期が遅れ、製造装置のトラブルがあってその時間は使い切られてしまっていた。まったく、何故いつも我々検査部署だけが損な役回りを引き受けることになるのだろうか。」

 

 健全な企業ではこれを起こさない体制を整えているのだろう。不正が起きるケースでは組織作りがおかしかったり、収益が無いのに無理して事業を続けていたりする。全体の歪が検査部署で初めて問題として顕在化するのだ。そしてその問題は、必ず時間が無いという状態を伴って顕在化している。

 

 詐欺事件においても、被害者はまず時間を奪われる。犯罪でなくても、他人を支配しようとする人間が使う常套手段は相手の時間を奪うことである。感情を静める時間、考え直す時間、誰かと相談する時間を与えては支配が難しくなってしまうのだ。

 

 仕事でも私生活でも、時間が奪われる状況には自覚的になった方がいいのだろう。