作文練習

何か書くと楽しい、かもしれない。

死に至る病を読む(10)

 キェルケゴール死に至る病の第一章の4頁だけを英文の助けを借りて読むシリーズです。翻訳の斎藤先生、なんでこれが分かるのですか?本当は難しいです私には。
とにかくやってみます。

 

 まずは岩波の斎藤先生の訳から。
だからもし絶望状態にある人間が、自分では自分の絶望を意識しているつもりでおり、そしてむろん絶望のことをどこからか落ちかかって来る災難みたいに話したりするような馬鹿なことはせずに(それはいってみれば眩暈している人間が、神経の錯覚で、何かが頭の上にのっかっているとか何か自分の上に落ちかかってくるようだなどと語る様なものである、実際はこの重みや圧迫は全然外的なものではなしに、内面的なるものの倒錯した反映にすぎないのだが)、自分ひとりの全力を尽くして自分の力だけで絶望を取り去ろうとしていることがあれば、彼はなお絶望のうちにあるのであり、自分ではどんなに絶望に対して戦っているつもりでいてもその苦闘はかえっていよいよ深く彼をより深刻な絶望の中に引摺り込むことになるのである。」(参考1、P24より引用)


If a man in despair is as he thinks conscious of his despair, does not talk about it meaninglessly as of something which befell him (pretty much as when a man who suffers from vertigo talks with nervous self-deception about a weight upon his head or about its being like something falling upon him, etc., this weight and this pressure being in fact not something external but an inverse reflection from an inward experience), and if by himself and by himself only he would abolish the despair, then by all the labor he expends he is only laboring himself deeper into a deeper despair.
(拙訳)もしも絶望している彼が彼の絶望を意識していると思っている場合、彼に起きた何かとしてそれを無意味に話してはいけません。
(めまいに苦しんでいる男が頭の上に重いものが乗っているとか、何かが上から覆いかぶさっている、等々のことを神経質な自己欺瞞とともに語るのと同じことです。この重さとこの圧力は実際には外から来るものではなく、内面の経験を反映したものを裏返しているのです)
 そしてもし彼自身によって、もし彼自身だけによって彼が絶望を止めようとするならば、それらすべての労力は、彼自身をより深い絶望に働きかけるためだけに費やされます。
(解説)ここのポイントは二つあります。
 一つは、自分で自分の絶望を分かっていると思い込んでいる人は、その絶望が何であるかを他人に語るのですが、決してそれは彼に起きている本当の絶望ではないということです。ぺらぺらと自分の絶望を語る人は、本当は神経質な自己欺瞞(岩波訳では神経の錯覚)で捻じ曲げられた希望的観測や嘘の現実を語っているに過ぎません。ある人が解説されていたように、本当の絶望は人には話せないものなのかもしれません。
 以前のブログ記事で、「私が幽霊を見たいのは死ぬのが怖いからで、魂の永遠を信じたいという気持ちの裏返しだ」と説明したことがありますが、語れるということはまだまだ私は嘘をついている可能性が高いということです。そしてその嘘は私自身にも良く分かっていないのです。眩暈なのに頭に重いものが乗っていると説明しているようなものだということです。


 二つ目のポイントは、仮に自分の真の絶望に気付いたとしても、自分自身の力ではその絶望を振り切ることはできないということです。自己は常に外からの予期せぬ力で揺さぶられ続けます。自己自身の足場はどこにもありません。
 安定した足場が無いのにそれを作ろうとする場合、人はその根拠を自分以外に求めます。例えば「俺の言っていることは間違っているか?(間違っていないだろう)」という問いに現れて来たりします。他人に問う場合は同意を根拠にしたいからであり、自問する場合も仮想の他人に同意を得たいという点では同じです。それが度を超すと限りなく自分の主張する正しさに他人を巻き込む迷惑な人になってしまいます。これが絶望の第二の形式(絶望に気付いて自分自身でありたいとする絶望)なのだと思います。

 

続く。

 

参考1 死に至る病キェルケゴール著、斎藤信治訳、岩波文庫、第108刷
参考2 https://antilogicalism.com/wpcontent/uploads/2017/07/thesicknessuntodeath.pdf