作文練習

何か書くと楽しい、かもしれない。

【漫画感想文】 ピンポン 松本大洋作

 松本大洋の漫画「ピンポン」(参考1)は映画化やアニメ化もされた評価の高い作品だ。しかし評論の殆どがストーリーとキャラクターの魅力の説明に終始していることは残念でならない。勿論そこも素晴らしいのだが、私が目を奪われたのは絵だ。そこで今回は絵の素晴らしさを伝えることに挑戦してみたい。

 

 当然だが漫画家は絵が上手い。しかし絵が上手いといってもいろいろある。線が綺麗、写実的、デッサンが正確、迫力がある、女の子がかわいいなど様々だ。

 

 松本大洋氏の絵の魅力は何と言っても動きだ。通常動きを表現する時、漫画では動線と言われる残像を模した線がよく使われるが、松本大洋氏はこれをほとんど使わない。静止画に近い形で表現するのだ。では何故静止画が動くのか。

 

 それは体全体の形、ラケットの握り、ボールの位置、とりわけ重心の位置が明確で次の瞬間どう動くのかを予想させることで読者に動きを想像させるのだ。打球前か打球後か、球がどの方向に向かっているのか、次の瞬間の体の形はどうかというところまで自然に分かってしまう素晴らしい絵が至る所に使われている。

 

 更に凄いのは、決してカメラが入り得ない床下からのアングル、へそから見上げたアングル、真上、斜め下のアングルなど、視線が自由自在なことだ。

 

 しかも「ピンポン」で使われる上下の視線の対象は顔だけではなく全身である。どれも速い動きの一瞬を捉えたものであり、それでいて絵は自然に動いている。たとえ床下から描かれようが、重心がどこにありどう動いているのかが分かるように描いてある。デフォルメも多用されているが、動きに必要な形はしっかりと担保されている。

 

 今見てもこれは異次元の絵だ。静止画でこれをやる漫画家は他に見たことがない。おそらく松本大洋氏はすべての漫画家が欲する「見たら描ける」能力を持った人だ。松本大洋氏の亜流が出てこないのも頷ける。

 

 この作品には構図をはじめ、様々な発明が為されている。ラケットの握りもその一つだ。以前の卓球漫画はラケットの握りが曖昧に描かれていた。複雑で難しいからだ。そういう意味でも本作品のラケットの握りの描き方は、それだけで漫画界にとって大きな発明だった。

 

 卓球漫画がピンポン以前とピンポン以後に分けられると言われる理由も、これらの発明によるものなのだろう。絵の発明というカテゴリーにおいて、「ピンポン」は私の中で大友克洋童夢(参考2)と同じレベルで賞賛されるべき作品だ。

 


参考1 ピンポン 松本大洋著 小学館 第8刷 2000年(1997年初版)
参考2 童夢 大友克洋著 双葉社 アクションコミックス 1983年初版