作文練習

何か書くと楽しい、かもしれない。

夜のかけっこ

 初老に差し掛かった中年のたるんだ身体を鍛え直すため、毎夜公園でストレッチと少しのジョギングを始めた。


 ある日の夜、公園に行くと中学生くらいの男の子が六人くらいで遊んでいた。連休や夏休みなどでよく見られる光景だ。分別ある大人なら早く帰りなさいと言うかもしれないが、素直な子ばかりじゃないもんなと思い直して周囲を見渡した。

 

 すると少し離れて警備員さんも少年たちを見ていた。たまに芝生で花火をやる若者もいるので、危険があれば警備員さんが注意するのかもしれない。結局私は黙ってストレッチを始めた。


 次はジョギングだ。公園は一周が六百メートル。一周目はゆっくりと、二周目はやや速度を上げて最後の数十メートルを全力で走るのが日課だ。

 

 二周目に差し掛かった時、一人の少年が私のすぐ後ろでおどけて走る格好を見せた。周りの少年たちがわっと笑う。私は構わず走り続けたが、その少年はまだついてくる。どうやって私をからかうつもりだろうか。


 私は息を切らせながら「一緒に走るの?」と聞いてみた。少年は聞き取れなかったのか、それには答えず「なんで走ってるんですか?」と聞いてきた。「身体を鍛えるためだよ」と答えると「僕も次の体育祭のために走ってるんです」と真面目な口ぶりで話してきた。

 

 少年の走りからは、心肺、筋力、関節の可動域すべてが私よりも優れていることが伝わってくる。生物的直観というやつだ。少年の目に、死にそうな息遣いで走っている私はどう映っているのだろう。

 

 いよいよ最後の半周がやってきた。私は少年とかけっこ競争をしたくなった。「向こうのカーブでスピードを上げるよ」と伝えると「いいですよ」と余裕の答えが返ってきた。


 仲間の少年たちが見守る中、私の最後の全速力はその少年の余力を残した走りに遠く及ばなかった。


 走り終わった後、私は少年に思わず「ありがとね」と言った。なぜかそういう気持ちになったのだ。少年は「いえ、はい」と短く答えて仲間のはしゃぐ声の中に戻っていった。


 その小さなレースをきっかけに少年たちは解散ということになり、はじけるように居なくなった。警備員さんもいつの間にか立ち去っていた。突然静かになった公園で私はストレッチを続けた。私の荒い息の音が遠くまで響く気がした。