作文練習

何か書くと楽しい、かもしれない。

死に至る病を読む(11その2)、カオナシ

 2021年4月30日の当ブログ記事「死に至る病を読む(11)」で無限に自己を反省する例として割れたお皿の話を書きました。今回は、その時の記事に書ききれずに割愛したカオナシの例を書きたいと思います。

 

 まずは岩波訳のおさらいから。

 「絶望における分裂関係は決して単純な分裂関係ではないので、自己自身に関係するとともに或る他者によって措定されているという関係における分裂関係である。――したがってかの自分だけである関係のなかでの分裂関係は、同時にこの関係を措定したところの力との関係のなかで無限に自己を反省するのである。」(参考1、P25から引用)

 

 「無限に自己を反省する」あるいは「自己の分裂が更に自己の分裂を映し出すという永遠のループ」が絶望の形式です。これを2021年4月3日の当ブログ記事「千と千尋の神隠しカオナシと欲望」で書いたカオナシに例えてみました。

 

 以下は映画「千と千尋の神隠し」の中のカオナシのシーンの要約です。

 

 「カオナシは白いお面と黒い布をまとった姿で登場する。主人公の女の子の千(せん)は、ぼんやり外に立っていたカオナシ湯屋の中に呼び入れる。ところがカオナシには偽物の黄金の粒を出す能力があったのだ。カオナシ湯屋で働く人達にその黄金をばらまき、湯屋は凄いお金持ちが来たと大騒ぎになる。カオナシはご馳走を食い散らかし、どんどん巨大化し狂暴になっていく。

 そこに千が現れる。カオナシは千にも黄金を差し出すが、千はいらないと拒否する。

 するとカオナシは怒り狂って千を追いかける。しかし、追いかけながら苦しみ暴れて今まで食べたものを吐き出して縮み、再びぼんやりした姿に戻っていく。そして最後は千から離れ、辺境の地をさまようのだ。」(要約終わり)

 

 カオナシは彼のたった一つの能力である「偽物の黄金の粒を出す力」を使ってのし上がっていきます。映画では巨大化し狂暴化したカオナシはグロテスクな姿に描かれていますが、人間社会であれば社会的成功を収めた人として尊敬されるでしょう。やり方が強引だとかちょっと怪しいこともやってそうだ、くらいは言われるかもしれませんが、とにかく成功者なのです。絶望に気付きさえしなければ幸せに過ごし、多くの人が憧れる存在のまま一生を終えることが出来ると思います。これが絶望に気付かないゼロ段階の絶望です。

 

 しかし、カオナシは昔、黄金の粒が無くても自分を見てくれた千の視線を思い出してしまいました。普通であれば、多くの人はその思いを直視しないようにするでしょう。例えば、それは過去の自分の気の迷いだったとか、千も本当は黄金が欲しいくせにとか、もう自分は千のことを全然気にしていないとか、いろいろな言い訳を自分に対して行います。これが絶望に気付いて自分自身であろうとしない第一段階の絶望です。ところがカオナシは絶望の第二段階に進みます。

 

 カオナシは、黄金を作り出す力が自分を措定していると信じているので、千が黄金の受け取りを拒否した時に色々と考えてしまいます。「ひょっとして、千が黄金を受け取らなかったのは量が少なかったからだろうか?形や大きさが気に入らなかったからだろうか?それとも強く大きくなった自分を千がよく理解していないからだろうか?」

 

 でもカオナシは心の奥でそれは間違いだということを知っています。知っていますが認めません。黄金を作り出す能力が自分を措定していることを前提にすると答えが出ないからです。

 

 カオナシが本当に欲しいのは千が最小に黄金とは関係なく自分に与えてくれた視線です。しかし、千は黄金を作り出す能力を否定します。同時にカオナシはそれを手放せません。その分裂がある限り千の視線の中でカオナシは自分自身を無限に反省しなければならないのです。これが絶望して自分自身であろうとする第二段階の絶望です。

 

 そんな状態になった人間が取る手段は多くの場合暴力です。暴力の向かう先は、対象そのものか、関係ない人や物か、自分に向かうかのいずれかです。もしも暴力が自分に向かう場合は自虐、自傷、そして最悪は自殺となります。

 

 さらに暴力は物理的なものだけに限りません。偽の黄金であろうとそれを作り出す力を世界中が肯定するまで、つまりは自分の嘘を他人が信じるようになるまで理論武装と行動は続きます。絶望の第二段階にいる人は、その暴力によって自分に心酔する人間を幾人も作り出し、世の中に良くないものを広げようとして果てしなく迷惑な存在になるのです。

 

 映画のカオナシは千をつかまえようとして大暴れします。対象そのものへの暴力に向かうのです。しかし結局は黄金によって得たものを手放し、最後は千も手放して一人辺境に生きることを決めるのです。

 

 切ないですね。愛してるぜ、カオナシ

 

 

参考1 死に至る病キェルケゴール著、斎藤信治訳、岩波文庫、第108刷